ハルノウタ

脳内お花畑の独り言です。 道徳 留学 恋愛

もしもの話。

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もしもあなたの行く先に泣き崩れている人がいたら、あなたならどうしますか。
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なんでもない、もしもの話。

自分の歩く道の上に痛々しく泣き崩れている人がいたら、どうしますか。

きっと多くの人は見て見ぬ振りをします。

じゃあ、
お腹に包丁が刺さった人が蹲っていたら?

きっと多くの人が、必要以上に多くの人が群がり集ります。
ある人は救急車を呼び、ある人は止血を試み、そしてある人は写真を撮る。

何故後者なら人は救いの手を差し伸べるのでしょう。
それは、目に見えているから。
視覚情報から明らかに危機的状況にあるから。

ここでひとつ疑問が浮かび上がります。

泣き崩れている人は危機的状況にないのでしょうか。

お腹に包丁が刺さった人に救いの手を差し伸べても
心に包丁が刺さった人には救いの手を差し伸べないのは何故でしょうか。

心に包丁が刺さった人だって危機的状況にあるかもしれない。
心が追いつかなくなって自ら生命を絶ってしまうかもしれない。

でも、
道行く他人にとってそんなことは知ったこっちゃないんですね。
毎日仕事や勉強や自分の事で精一杯。
他人が苦しみ心を病んでいることなんて気にかけていられないんです。
そして
視覚情報として危機を捉えた時に、人はやっと他人のために動き始めるんです。

なんて寂しい世界。

私はそんな世界は嫌いです。


画面に向けられたその目を、
イヤホンに塞がれたその耳を、
携帯を握りしめたその手を、
少しだけ相手に向けるだけで
きっとほんの少しだけ優しい世界になる。

 

戯言ですかね
一緒に戯言を抜かしてくれる人がいてくれたら嬉しいです