ハルノウタ

コンニチハ。中国留学中。

コトバ

北京に来て3ヶ月、言葉がもっと好きになった。

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一番仲のいい友達、遊びに行く友達、挨拶を交わす友達、、

入学してしばらくは人間関係に悩んでたはずなのに、いつの間にかそれなりにこの狭い世界で生き伸びられる気がしてる。

新しい土地で0から生きていくことがどういうことか、久しぶりに味わった。

転勤族で嫌というほど味わったこの感覚も、まるで毒素が抜けたみたいにスウッと抜け落ちてた。

身の回りに土地勘やら友達やらを携えてルンルンランラン過ごしているうちに一つの思い出として奥の方に閉じ込めてた。

人間って便利。

日本語が宇宙人語でしかないこの場所で意識するようになった事が2つ

一つは、生き延びるためには非言語の部分でいかに相手に自分の印象をインプットしてもらうか。

相手と「どんな話をするか」はさして大切じゃなくて

●意識的に名前を呼ぶ

●相手の話を聞く時は全身で聞く

●前に話した内容を覚えておく

●リアクション

日本にいても当たり前に大切。なのに20年間具体的に意識してこなかった自分はゴm...

もう一つは、言葉は人に個性と深みを与えること。

これも当たり前といえばそれまでだけど、実際に外国語に囲まれて暮らしてみるとひしひし実感する。

「辞書にあるその言葉じゃなくて、そうじゃなくて、自分の言葉で表したい」っていうモヤモヤ煙に何度となく襲来された、、、

同じ感情を表すにも、RADとBUMPがそれぞれの言い回しで表すように、「自分らしさ」だとか「自分だけの世界観」を表すには深い深い語学力が必要だと感じさせられた。

そうやって前よりも言葉が好きになった。

もっといえば、日本語が好きになった。

帰ったら日本語勉強しよう。