ハルノウタ

コンニチハ。中国留学中。

人との距離のはかりかた

「中国人は日本人より優しいのか」問題の答えは、「ぶっちゃけ受け手による」。
____________________

「中国人ってうるさそう」「中国人ってすぐ怒りそう」。
中国へ留学に行くと話すと大多数がマイナスイメージを提示してくださる。かく言う私も別段「I LOVE 中国」な訳ではなかったからありったけのマイナスイメージと少しの期待をを両手に抱えて渡航した。

 

北京生活初日、正直、幻滅した。

 

道端に転がる便器。不衛生な食品。どこからとも無く漂う排泄分の匂い。耳障りなクラクション。挙げ出したら切りがない。


中国といえどまだまだ発展途上な事は承知していたけれど、世界でトップレベルの清潔さを誇る日本から来てしまったものだからもう眉間のシワが渓谷レベルになりそうだった。

 

北京に暮らして3ヶ月、決して止まろうとしない車の間を縫って横断する頃にも慣れてきたこの頃、中国人と日本人の違いについて一点はっきり分かった。

 

中国人は日本人よりも人との距離が近い。

 

いわゆるパーソナルスペースとかいう物理的な距離も、心の距離も、国民のデフォルトがそもそも違う気がする。

 

レジのお姉さんが畏まっていないのもお客さんとの距離が近いから。
バスの運転手さんに怒鳴られるのも乗客との距離が近いから。
小銭がない時に切符売の人がその辺の乗客に頼んで両替してくれたのも乗客との距離が近いから。
レジでお金が無いことに気づいた時に引き出せるATMを探しに1時間一緒に歩き回ってくれたのも販売員と客の距離が近いから。

 

日本人からしたら無礼な態度も沢山あるけれどその分「もういいよいいよありがとう」ってなるくらい優しいのも、人との距離が近いからなんじゃないかな。

 

私が「私にとっては中国人は日本人よりも優しいと思う」と言った時に韓国人の友達が「そんな事ない。日本人は中国人より礼儀正しいもん」と反論してきたけど、
つまりそういうことなんだと思う。
この二つの意見は対極にあるんじゃなくて一つの答えなんじゃないかな。

 

日本人の他人との距離が3mなら、
中国人の他人との距離はきっと50cmくらい。

 

その距離感が居心地がいいかはぶっちゃけ人による。
でも私は嫌いじゃないな。

 

だから、道端に何個便器が転がってても、食べ物にハエが集ってても、鼻がもげそうになっても、うるさいクラクションにウンザリしても、中国人は嫌いになれない。

 

人との距離の保ち方が自分と同じような人と過ごすのがきっと一番落ち着ける空間で、そしてそれはきっとすごくムズカシイ。

 

ちなみにタイトルの「人との距離のはかりかた」はplentyの曲名。すき。

コトバ

北京に来て3ヶ月、言葉がもっと好きになった。

___________________

一番仲のいい友達、遊びに行く友達、挨拶を交わす友達、、

入学してしばらくは人間関係に悩んでたはずなのに、いつの間にかそれなりにこの狭い世界で生き伸びられる気がしてる。

新しい土地で0から生きていくことがどういうことか、久しぶりに味わった。

転勤族で嫌というほど味わったこの感覚も、まるで毒素が抜けたみたいにスウッと抜け落ちてた。

身の回りに土地勘やら友達やらを携えてルンルンランラン過ごしているうちに一つの思い出として奥の方に閉じ込めてた。

人間って便利。

日本語が宇宙人語でしかないこの場所で意識するようになった事が2つ

一つは、生き延びるためには非言語の部分でいかに相手に自分の印象をインプットしてもらうか。

相手と「どんな話をするか」はさして大切じゃなくて

●意識的に名前を呼ぶ

●相手の話を聞く時は全身で聞く

●前に話した内容を覚えておく

●リアクション

日本にいても当たり前に大切。なのに20年間具体的に意識してこなかった自分はゴm...

もう一つは、言葉は人に個性と深みを与えること。

これも当たり前といえばそれまでだけど、実際に外国語に囲まれて暮らしてみるとひしひし実感する。

「辞書にあるその言葉じゃなくて、そうじゃなくて、自分の言葉で表したい」っていうモヤモヤ煙に何度となく襲来された、、、

同じ感情を表すにも、RADとBUMPがそれぞれの言い回しで表すように、「自分らしさ」だとか「自分だけの世界観」を表すには深い深い語学力が必要だと感じさせられた。

そうやって前よりも言葉が好きになった。

もっといえば、日本語が好きになった。

帰ったら日本語勉強しよう。